さようなら、ありがとう。
2004年7月2日 くるまやっとやっと記そうという気になりました。
ずいぶん放置してごめんなさい。
エクスキューズ(言い訳)を聞いてください。
ネプリーグのインテリーグでエクスキューズが言い訳という意味だと知りました。
保坂尚輝がリコン会見で使っていて、インテリなんだと思いました。
6月21日(月)、あの日はいつもと変わらない朝。8:04に家を出た。
いつもより道すいてるな〜よかったと思って、スキップと一緒に
いつもと同じ道を走っていました。
みゆぽんの家の方なんて田舎です。農道なんてその辺にたくさんあります。
国道に出るまでの近道として、いつもその農道を通っているのです。
こちらが優先道路を直進していました。
右から車が来ることは気づいていました。
標識を見たら、向こうが止まれだったので止まるもんだと思って、
ミユポンは走っていきました。
ところが!!その車は止まりもせずにスキップに激突してきたのです。
スキップは左に押し出され、用水路に落っこちました。
用水路に落っこちたのはかろうじて助手席側だけだったので、
ミユポンは運転席側の窓から脱出しました。
運転席側の窓は割れ、フロントガラスにはヒビが入り、
右前のタイヤ付近は変形どころの変形ではない程に破損がひどかったです。
エンジンルームには水が入ってしまったし、助手席側にも水が入ってきた。
そういう交通事故にあってしまって、スキップは廃車になってしまいました(T-T)
ミユポンのけがは全身打撲な感じと擦り傷ですみましたが、
スキップがいなくなってしまったという現実に耐えられなくて、
毎日泣いていました。
ミユポンのスキップへの思いはとても深いものがありました。
町で見かけるあの車なんていう車なんだろう?って思ったのが18か19歳の頃。
たまたま買い物に行ったところに止まっていたあの車を見つけて、
NISSAN PAOという名前だと知った。
お父さんにパオっていう車に乗りたいって言ったら、あんな古い車って言われて反対された。
それからはミユポンの「憧れの車」となっていた。
たまたま広告に激安パオが売り出されていて、それを見つけてくれたのはお父さんだった。
忘れもしない03.10.4にお父さんとお母さんと3人で見に行って、
安いから壊れてもいいかってお父さんが言ってくれて、乗り始めたパオ。
でもミユポンにとっては3年越しの恋が叶ったと同じくらい嬉しくて、大切な大切なパオだったんだ。
自分が気に入った車に乗るのはこんなにも楽しいことなんだと思った。
この8ヶ月間、ミユポンはスキップと楽しい日々を過ごしました。
一番の遠出は柏だったけど(笑)、いつかスキップと一緒に旅行するんだと思っていた。
スキップはのろのろ走る車だったけど、それもまた可愛いところだった。
丸い目に、丸いテールランプ、風力抵抗無視のフロントガラスも、
白いハンドルも、雨漏りするトランクも、どこをとっても大好きでした。
楽しい思い出をどうもありがとう。
そして、ごめんなさい。ミユポンの注意力が足りませんでした。
あそこで少しでも右から来る車に気を配っていたら、スキップは元気だったのにね。
本当に大好きだったよ。
お母さんはまたパオ買えばいいじゃないと言ってくれて、
ミユポンも同じパオなら大丈夫と思って、
スキップと同じ水色のノーマルルーフのパオを見に行きましたが、
やっぱりミユポンの心にはスキップがいて、
どうしてもスキップはこうだったとかって思ってしまう。
このモヤモヤは一体何?と思う、心のモヤモヤが出来てしまう。
他の人から見たら、同じ水色のパオじゃんって思うんだろうけど、
ミユポンから見たら、違うパオで、たまたま色と形が一緒なだけなんです。
ミユポンの中では、日産パオという車、スキップと名前をつけた車は
あの車だけなんだって思う。パオは好きな車だけど、スキップはあの車しかいない。
うまく伝えられないけど、違うパオには乗りません。
スキップとの思い出を胸にしまっておきます。
いつまでもミユポンの心の中では、走り続けます。
※いろんな現実を受け止めるまで、時間が必要でした。
更新遅くなってごめんなさい。
北海道旅行の日記まだ完成してないじゃーん!
ずいぶん放置してごめんなさい。
エクスキューズ(言い訳)を聞いてください。
ネプリーグのインテリーグでエクスキューズが言い訳という意味だと知りました。
保坂尚輝がリコン会見で使っていて、インテリなんだと思いました。
6月21日(月)、あの日はいつもと変わらない朝。8:04に家を出た。
いつもより道すいてるな〜よかったと思って、スキップと一緒に
いつもと同じ道を走っていました。
みゆぽんの家の方なんて田舎です。農道なんてその辺にたくさんあります。
国道に出るまでの近道として、いつもその農道を通っているのです。
こちらが優先道路を直進していました。
右から車が来ることは気づいていました。
標識を見たら、向こうが止まれだったので止まるもんだと思って、
ミユポンは走っていきました。
ところが!!その車は止まりもせずにスキップに激突してきたのです。
スキップは左に押し出され、用水路に落っこちました。
用水路に落っこちたのはかろうじて助手席側だけだったので、
ミユポンは運転席側の窓から脱出しました。
運転席側の窓は割れ、フロントガラスにはヒビが入り、
右前のタイヤ付近は変形どころの変形ではない程に破損がひどかったです。
エンジンルームには水が入ってしまったし、助手席側にも水が入ってきた。
そういう交通事故にあってしまって、スキップは廃車になってしまいました(T-T)
ミユポンのけがは全身打撲な感じと擦り傷ですみましたが、
スキップがいなくなってしまったという現実に耐えられなくて、
毎日泣いていました。
ミユポンのスキップへの思いはとても深いものがありました。
町で見かけるあの車なんていう車なんだろう?って思ったのが18か19歳の頃。
たまたま買い物に行ったところに止まっていたあの車を見つけて、
NISSAN PAOという名前だと知った。
お父さんにパオっていう車に乗りたいって言ったら、あんな古い車って言われて反対された。
それからはミユポンの「憧れの車」となっていた。
たまたま広告に激安パオが売り出されていて、それを見つけてくれたのはお父さんだった。
忘れもしない03.10.4にお父さんとお母さんと3人で見に行って、
安いから壊れてもいいかってお父さんが言ってくれて、乗り始めたパオ。
でもミユポンにとっては3年越しの恋が叶ったと同じくらい嬉しくて、大切な大切なパオだったんだ。
自分が気に入った車に乗るのはこんなにも楽しいことなんだと思った。
この8ヶ月間、ミユポンはスキップと楽しい日々を過ごしました。
一番の遠出は柏だったけど(笑)、いつかスキップと一緒に旅行するんだと思っていた。
スキップはのろのろ走る車だったけど、それもまた可愛いところだった。
丸い目に、丸いテールランプ、風力抵抗無視のフロントガラスも、
白いハンドルも、雨漏りするトランクも、どこをとっても大好きでした。
楽しい思い出をどうもありがとう。
そして、ごめんなさい。ミユポンの注意力が足りませんでした。
あそこで少しでも右から来る車に気を配っていたら、スキップは元気だったのにね。
本当に大好きだったよ。
お母さんはまたパオ買えばいいじゃないと言ってくれて、
ミユポンも同じパオなら大丈夫と思って、
スキップと同じ水色のノーマルルーフのパオを見に行きましたが、
やっぱりミユポンの心にはスキップがいて、
どうしてもスキップはこうだったとかって思ってしまう。
このモヤモヤは一体何?と思う、心のモヤモヤが出来てしまう。
他の人から見たら、同じ水色のパオじゃんって思うんだろうけど、
ミユポンから見たら、違うパオで、たまたま色と形が一緒なだけなんです。
ミユポンの中では、日産パオという車、スキップと名前をつけた車は
あの車だけなんだって思う。パオは好きな車だけど、スキップはあの車しかいない。
うまく伝えられないけど、違うパオには乗りません。
スキップとの思い出を胸にしまっておきます。
いつまでもミユポンの心の中では、走り続けます。
※いろんな現実を受け止めるまで、時間が必要でした。
更新遅くなってごめんなさい。
北海道旅行の日記まだ完成してないじゃーん!
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